阪神嫌い?のスター誕生

 今も思い出し笑いをさせてくれるテレビのコマーシャルがある。随分と昔のCMで主演が川藤幸三。彼の引退後のもので、今も思い出して、

このコラムを笑いながら書いている。

 劣勢のチーム(サントリー、モルツ球団)にやっと好機が巡ってきた。打席に打率の低いバッターが入らんとしている。ここからコマーシャルが始まる。

 居酒屋で野球を見ながらビールを飲むファン(桂ざこばが演じている)が騒ぎ始める。

 「川藤を出さんかい!」

 ついにたまらずベンチが動く。

 ガニ股の川藤がバットを鷲掴みしてベンチから出てきて、びゅんとひと振り。しかし打席では、空振りに倒れる。

 「ほんまに出してどないすんねん」

 ざこばのこの一言がオチとなる。

 本当に使ったら?結果をスタンドは予知できるからである。(彼はファンに愛されたが、八木や桧山、今の関本ほどの「代打の神様」ではない)

 福井・若狭高の川藤幸三は阪神タイガースにすぐ溶けた。つまり、大阪のベタベタな付き合いにすぐ慣れた。実際は強い努力があったのかもしれない。そして、したたかに生きて、今は阪神タイガースOB会の会長である。

 虎になかなか慣れない虎のスターが多くいて、今もいる。古くは田淵幸一と掛布雅之がそう。新庄剛志が予想外に大阪に馴染まなかったらしく、今、現役では鳥谷敬が水に合ってないと言われる。事実は知らない。

 田淵は東京生まれで法政大学のスター。巨人入団を夢に見て、しかし、巨人は獲りに来なかった。田淵の失恋である。田淵はモテた。彼の女性問題を(当時では)珍しく記事にしたら、監督の金田正泰から「ブチのバットはよく飛ぶんや」とわけのわからないことをいい、「あんた、暫く謹慎やで」と罰を受けた。田淵は「いい、いい。書かれてなんぼ」と笑っていた。懐もでかいスターだった。

 掛布雅之は千葉は習志野高の内野手。高校生の頃の彼の活躍は大阪まで届かなかったが、地元では評判があった。巨人に憧れたのはごく普通のことで、長嶋茂雄を夢に見て、かつ同じ左打ちの王貞治の打撃を目に焼き付けた。掛布は右投げ、左打ちの3塁手。長嶋と王の一部始終を知りつくそうとしたのに、阪神入りが決まって、背番号を問われた時、「31」を選んだ。長嶋の「3」と王の「1」を合わせた「31」。子供の頃からの夢を掛布は背番号で実現させた。

 掛布も田淵同様、ジャイアンツに縁がなかった。入団先を探していたら、掛布の取り巻きが安藤統男さん(慶応-阪神)と通じていたので、このルートで大阪にきた。入団会見は寂しいもので、記者が二言、三言聞いてすぐ終わった。大阪はつれなく彼を迎えた。ところが開けてびっくり。オープン戦で打つわ、打つわ。一気にスターダムにのし上がって、田淵(第3代ミスタータイガース)に続いて、第4代ミスタータイガースの冠をかぶる。シンデレラボーイである。

 「大阪の記者は遠慮がないっすね。べとべとくっついて聞いてくる。なんとかなりませんかね」「服装も東京の記者さんはちゃんと背広を着て球場にくるのになあ」

 と、売り出し中の頃はそんなことを口にしたことがある。言っていた掛布も今はすっかり大阪弁。住めば都なのだろう。

 福岡の新庄剛志が大阪に慣れなかった、という。阪神低迷期の唯一のスターだったが、阪神の5年契約12億円の条件を蹴り飛ばし、米大のニューヨーク・メッツへ行った。メッツの年俸は日本円で2100万円だったそうである。

 金額じゃあないのか?

 阪神の球団社長が不思議がって問うと、彼は「(渡米の)理由は色々あります。タイガースを取り巻くマスコミに我慢できない」からと包み隠さず、いったそうである。私生活まで踏み込まれたのが阪神離れの一因だっだらしい。野村克也監督時代、敬遠の球を打った茶目っ気を野村が叱らなかったのが酒場で肴(さかな)になった。

 神戸の御影の立ち飲み屋に鳥谷をボロクソにいう50歳くらいの店主がいる。「勝ったら笑えよ。負けたら怒れよ。覇気がない。あいつは阪神が嫌いなんやろ」。ついには鳥谷ファンの客にまで「カネ払わんでええから、帰って」と本気でいう。鳥谷命の女性客がわめく。「あんた(店主)鳥(とり、と呼ぶ)がイケメンだから妬いているんでしょ、バカ」。東京っ子の鳥谷は掛布と一緒で、大阪に馴染みがあるわけはない。思うに、大阪人・西岡剛のようなノリを受け入れることはできないのだろう。

 時折、酒場で「阪神の編成方針論」になる。どうして地元の選手を集めないのか。清原、桑田、上原に坂本、田中(将)、中田らに「なんでアタックせんのや」と酒飲みはうるさい。もちろん、指名権をとりにいき、クジ運の悪さで逃がした選手もいるから地元を避けているわけではないのだろうが。藤浪晋太郎のクジを引いた和田豊の話題になると、酒場は和田をほめるわ、ほめるわ。要は虎党は虎をなじっては飲み、褒めては飲みで人生を送っているのである。(敬称略)=おわり

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